YOUR PRODUCER

アヴァンクラシコ劇場の演出家。
精神はラテンとイギリスのハーフ。
エレガンスを愛する代表・松川桂子。

主役の品格を引き出し、存在感を憎いぐらいにさりげなく際立たせる。
クラスのある台本、イタリア・ナポリ生れのスーツなど個性豊かなキャスト、ナポリと日本の舞台裏で活躍する熟練職人。
それら三位一体で主役と共に芸術へと創りあげる。
ナポリ流サルトは大人のエンターテイメント、「お客様はテゾーロ、親友」。

お洒落と平和
ルネサンス時代のフィレンツエ

いつの世も、王侯貴族だけでなく、人々が外見や服装に自分のこだわりを追求してお洒落を謳歌できる時代は、安定と平和が続き独自の文化も成熟した豊かな社会です。
ルネサンス時代のイタリア半島では最先端&花の都フィレンツエは貴族、商人、職人、町人が身分を越えて自由闊達に自己表現を謳歌した時代ではないでしょうか。
女性はもちろん、男性が自分らしいお洒落と“ロマン”をビスポークで探求できる豊かで平和な日本が末永く続くようにと願っています。

絢爛豪華なキモノ服飾文化と伝統
日本人のスーツ着こなしはこんなものではない

絢爛豪華なキモノ服飾文化、貴族や公家の雅・武家の粋、江戸町人の洒落っ気を継承する私たち。その伝統文化レベルを考えれば日本人のスーツ着こなしはこんなものではないはず。
ビスポークの可能性を最大限に活かせば、「私たち日本人にしか出来ない現代の紳士ファッションの二大聖地、イタリア貴族的なエレガンツアと英国紳士の美学のコンテクストを解釈できる。そして今の時代に相応しイノベイティブな自己表現ができるはず。と信じて働いています。


AMORE
イタリアに恋におちて

私は誰よりも深くイタリアの全てラテン精神を愛している!その魅力の源泉を長年研究している!とイタリアオタクを自負しています。イタリアとの衝撃の出会いは小学生の時に自宅の百科事典で世界の歴史・古代ギリシャローマの彫刻の美しさ、ルネサンスの芸術に一瞬で恋におちてからです。

GIACCA
ジャケットマニアへの道

長身で「あつらえた背広」をスラリ着こなす父のスーツ姿を見て育ちました。既製スーツは“つるし”と言われていました。大人になってからは乗馬の上着のように優雅にウエストがシェイプしてフィットしたテーラードジャケットを好むようになりました。

女性だからこそ真価がわかる
メンズクラシコ仕立ての品格

自分用のジャケットとシャツは共にメンズのクラシコ型とメンズ縫製で仕立てています。
ジャケットとシャツに関してはレディースに比べて紳士縫製のテクニックはクラシコの伝統の恩恵で仕立てレベルが非常に高いと実感しています。メンズとレディースでは型だけでなく、ミシンも専門の職人も違います。自分用のナポリ製スミズーラジャケットが届いて、あまりに好きすぎて「眺めて幸せ」でなかなか着られず、1年後に袖を通すことも。

欧州エレガンスの原体験
海外貿易商でハイカラだった祖父

祖父がドイツのハンブルグに駐在していた影響で、アメリカには目もくれずヨーロッパの歴史や美術に親しみを感じていました。祖父がドイツ時代に撮影したフォーマルスーツを着こなす祖父の白黒写真に「スーツとはこう着るべし」「エレガンス」原体験として深くインプットされました。1980年代にマニッシュなファッションが流行った時には父のジャケットを拝借してオーバーサイズで袖をまくり着て遊びに出かけたことも。

19歳イギリスで衝撃
イタリア人の着こなしにノックアウト

イギリスの海辺の風光明媚なブライトンに留学した時にグルメでお洒落なイタリア人学生とはすぐに仲良くなりました。私と共通する価値観、ビーチと太陽、美味しいモノ、お洒落とおしゃべりが大好きな共通点がありとても居心地が良かったです。
そして、イタリア語の美しい響き、イタリア人男性も女性もとにかく自分流のスタイル(髪型、服の着こなし、身のこなし)がカッコ良く新しい服の着方を体感で覚えました。

初めてのイタリア製スーツ
立体フィットと生地の風合いに感動

20代初めエンポリオアルマーニが最初のMade in Italyのスーツ(ジャケットとスカート)でした。当時のエンポリオアルマーニは現在より格段に縫製がよく価値があったと記憶しています。悲しいことに手持ちの日本のDCブランドのジャケットはラインが固くカラダがぺたんこに見えることに気づいてしまいました、以来日本製ジャケットはお蔵入りになりました。Made in Italyのふわっとカラダにフィットする柔らかいラインとカラダが立体的でスタイル良く見えるスーツ(ジャケットとスカート)、そしてイタリア製生地独特の柔らかい風合いと色の美しさは手放せなくなりました。

目指すはミラノマダム
ブロンズ肌で紺ジャケットを着こなす

今では笑い話ですが、20代の私の本気で真剣な目標は、カミーチャ(シャツ)とネイビージャケット姿で、モンテナポレオーネ通りとスピーガ通りを颯爽と歩くブロンズ肌の「ミラノマダム」になるきる事でした。イタリアに通い全身イタリア製ブランドで身を包み、日焼けサロンにも通って小麦肌を演出。ミラノマダムのように素足でパンプスをまねて、ストッキングは履かずにパンプスを履いて頑張っていました。

カッコ良すぎる
ボルドな男のナポリクラシコに衝撃

現在関わっているNAPOLI UOMO CLASSICOナポリウオーモクラシコ、ナポリ男の伝統オーダースーツの世界を初めて知ったのは1990年代後半BRUTUSのナポリ特集でした。ブルータスのエディターがナポリで全て取材をしていて、彼が訪れたサルトでの店主との会話記事が「お前は暴飲暴食しているな、背中に脂肪がかなりついている」「お前に似合うのはこの色だ」と日本式お客様のお好みでとは真逆のプロの自信溢れるアドバイスに痺れました。女性の私もいつかナポリのプロのアドバイスで仕立てたい!と密かな目標を持ちました。
そして、運命に導かれてEURO加盟前のイタリアで20代最後の約2年間を過ごした時代、ナポリのテーラーファミリーとご縁が繋がりました。

花の都フィレンツエ
オトコの色気を醸し出すナポリスタイルに出会う

実際のNAPOLIスタイルとの出会いはフィレンツエのアッパー層向けセレクトショップ「MICHELE NEGLI」で。
当時は誰もが知っているポンテヴェキオ橋のとなり、グラッツィエ橋から続くVia dei Benciに住んでいました。フィレンツエで最古のエリアでチェントロ・ストリコ歴史的地区の中心でMICHELE NEGLIのショップに徒歩10分ほどでした。
オーナーのミケーレさんは元モデルで南イタリア出身、メンズコーナーには衿が水平に開いたWIDE SPREADシャツがずらりとディスプレイにラテンの色気を感じて眺めていました。当時まだ東京では、メンズシャツでホリゾンタル・スプレッドは一般のビジネスパーソンが仕事で着用するには攻めのエレガンスの領域でした。

歴史好き、ナポリクラシコも
欧州の歴史から解釈

幼少期からハーフや外国人に間違えられてきました、が横浜生まれ育ちフィジカルは日本人です。これまでじっくり住んだ土地は、横浜、逗子(披露山)、イギリス(ブライトンとロンドン)、イタリア(フィレンツエ)、オーストラリア(シドニー)。
人生最高のバカンスはシチリア沖の地図には載っていない素朴ですがスノビッシュな「パナレア島」での日々。
趣味は 旅、グルメと赤ワイン(勿論イタリア産、特にピエモンテとトスカーナ)、スコッチウイスキー(特にアイラ島シングルモルト)、読書(哲学と歴史)。「ハンニバル将軍はどうしてローマに破れてしまったのか」にロマンを感じる、軽めの歴女です。ナポリクラシコの誕生と発展も歴史として解釈。

3 STYLES

情熱のオーダーメイド衣装づくり、アヴァンクラシコ劇場を訪れたら。お仕事や社会的立場・着る場面・個性と魅力・フィジカル(体型、肌色)・打ち出すイメージ・オーディエンス(周囲の人々)をヒアリング。
ドラマ性に富み芸術的な一着の創造に向けて幕が上がります。得意な演出世界観は3つ、エレガンツア、ジェントルマン、そしてエグゼクティブ。今回は、どんな主役を演じましょうか?

3つの世界観

BLOG

アヴァンクラシコのブログではオーダーメイド、お仕上がり紹介に加えて、DOLCE VITA(ドルチェヴィータは日本語に直訳すると甘い生活)と上質なライフスタイル、イタリア関係(グルメ、デザイン、アート、人など)、著名人のスタイル、日々のことなどを代表の松川桂子が書いています。

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